- 倫理に対する疑問
- 功利主義とは
- 洗練された功利主義
- 公共政策と功利主義的思考
- 幸福について
- 道徳心理学と功利主義
倫理に対する疑問
倫理は相対的か
- 【倫理的相対主義】倫理は時代や地域によって異なり、絶対的に答えなどない。
- 相対的に見えるルールであっても、深い共通のルールがその基礎にある。
- 相対主義が正しいとすれば、「他人の倫理観について批判すべきでない」というルールを他人に主張することもできなくなる。
宗教なしの倫理はありえるか
- 神がいなく天国も地獄もなければ倫理を守る動機がない?
- 倫理的ルールをスポーツのルールに似たものと考えればよい。
「人間は利己的」だから倫理は無駄か
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倫理において動機というのはそれほど大切ではない。
- 人は善い動機から非倫理的な行動をすることもあるし、利己的な動機から倫理的な行為をすることもある。
- 大切なのは倫理的行為をする際の動機の善し悪しではなく、実際に倫理的な行為がなされるかどうか。
- 「貧しい老人の姿を見るのは自分にとって苦痛だから、自分の苦痛を和らげるために施しをやる」←利己的?
「自然に従う」だけではいけないか
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「自然に従う」は不合理で不道徳。
- 不合理: 人間の行なうすべての有用な行為は自然を改善するもの。
- 不道徳: 自然現象は、人間が行なうなら憎悪の対象になってあたりまえの出来事で満ち溢れている。
- 自然は不完全であり、大きな脅威。無批判に従うものではない。
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「自然に従うべき」という人
- 慣れ親しんでいることを「自然なこと」と考えている。
- 自然が持つ諸側面の中から、都合のよいことを「自然だ」と呼んでいる。
功利主義とは
- ジュレミー・ベンタムが最初に定式化。主著『道徳および立法の諸原理序説』。
- 「最大多数の最大幸福」を指針とする。
『道徳および立法の諸原理序説』
- 人間がなすべきことは、すべて快と苦という「二人の王」によって決められる。
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【功利性の原理】【正・不正の基準】
- 正しい行為: 社会全体の幸福を増やす行為のこと
- 不正な行為: 社会全体の幸福を減らす行為のこと
- 幸福とは快楽のこと。不幸とは快楽がない状態や苦痛のこと。
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【禁欲主義の原理】
- 功利主義とは逆で「苦痛は善、快楽は悪」。
- ストア派哲学者や一部の宗教家の考え。
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【共感・反感の原理】
- 正しい行為: 自分が気に入った行為のこと
- 不正な行為: 自分が気に入らない行為のこと
- ベンタム以前の哲学者の考え。
- 「自然の法」「良心」などという言葉を持ち出す。
- 基準が曖昧で危険。多数派が少数派に、権力者が社会的弱者に自分たちの考えをむりやり押し付けることになってしまう。
- 他人よりも家族を特別扱いするのはこの原理。
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【功利計算】
- 何をしたらよいかを考えるにあたって、快苦の量を計算しなくてはならない。
- 「犯罪者が感じる低劣な快楽も、それ自体では悪いものではない。」 加害者は快楽を得るが被害者は大きな苦痛を被る。全体としては苦の量が大きいため犯罪はよくない。
- 刑罰も苦痛を増やすためそれ自体では悪。しっかり計算し、効率的な刑罰を作り、そうでないものは廃止しなくてはならない。
- 功利計算において、「各人を一人として数え、誰もそれ以上には数えない」。誰かを特別扱いしたり、無視してはいけない。
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快苦が生じる源泉
- ①自然的サンクション …雨に濡れて苦しい
- ②政治的サンクション …刑罰が苦しい
- ③民衆的サンクション …仲間はずれで苦しい
- ④宗教的サンクション …来世の幸福を想像して快い
- 立法者は政治的サンクションをを用いて、人々が功利原理にかなう仕方で行為するよう、彼らの行動をうまく統制する必要がある。
功利主義の3つの特徴
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帰結主義
- 結果主義(結果論):「何にせよ結果がよかったのだから、その行為は正しかったのだ」
- 帰結主義:「こう行為すると、こういうことが結果として起きるだろう」という事前の予測に基づいて、行為の正しさを評価する。
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幸福主義
- この世界で内存的価値(何かに役立つではなく、それ自体に価値があること)を持つのは幸福だけであり、それ以外のものは幸福になるための手段として道具的価値を持つに過ぎない。
- 行為が人々の幸福に与える影響こそが倫理的に重要な帰結であると考える。
- 快楽主義は幸福主義の一種。快が善、苦が悪。
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総和最大化
- 一個人の幸福を最大化するのではなく、人々の幸福の総和を最大化する。
- このとき、「各人を一人として数え、誰もそれ以上には数えない」ことが大切。
- →「無実の人を殺さない」「約束を破らない」「家族を大事にする」といった人間の基本的な義務がないがしろ?
洗練された功利主義
ウィリアム・ゴドウィン
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初期
- 家族や友人への愛情を、本質的に公平性(impartiality)に反するものと考える。
- 結婚制度批判:誰かと一生添い遂げるというような約束は、より大きな幸福を生み出すことを妨げるため、正義に反する。自由恋愛で子供ができたら名字をつけずに皆で育てればいい。
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結婚・死別後
- 自由で高潔な精神が宿っている人であれば、家庭の人間関係によって、その人の感受性は高まり、魂はより調和のとれたものになる。
- 家族関係の中で愛情を育む人のほうが、家族を含めた身近な人々をより幸福にできて功利主義的に見ても望ましい。
現代の功利主義が洗練されている点 〜規則や義務の重視
- 家族への義務や、さまざまな道徳的規則を考慮しながら行為していれば、人々は結果的に功利主義的に行為することになる、と考えている。
- 義務の重要性は認めながらも、そうした義務を守ることが行き過ぎることがないように、功利主義の観点からチェックする必要がある、という立場をとっている。
間接功利主義 | 年がら年じゅう、功利原理を用いて意思決定する必要はないとする立場 |
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直接功利主義 | 常に功利原理を考えていなければならないという立場 |
規則功利主義 | 道徳的規則や義務を守ることが社会全体の幸福に貢献するかを評価し、貢献すると認められる規則や義務を二次的な規則として採用するという立場 |
行為功利主義 | 道徳的規則や義務をあまり重視せず、あくまで個々の行為に対して功利主義的な評価を下さなければならないという立場 |
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批判の対象になるのは「直接功利主義」「行為功利主義」。
現代の功利主義者の多くは「間接功利主義」「規則功利主義」の立場をとっている。
道徳的に重要な違い
- 「道徳的に重要な違い」とは、その違いがあれば異なる仕方で扱うことが許され、その違いななければ等しく扱うことが要求されるような違いのこと。
- 功利主義者は、「道徳的に重要な違い」と考えられていたことに常に挑戦状を突きつけてきた。
- 人種差別 ←人種間に「道徳的に重要な違い」などない。
- 男女差別 ←男と女に「道徳的に重要な違い」などない。
- 種差別 ←人間と動物に「道徳的に重要な違い」などない。ベジタリアンになるべき。
まとめ
- 功利主義は公平性を重んじるが、あらゆる状況において身近な人々に対する義務を考慮にいれないというわけではない。 むしろ現代の洗練された功利主義者は、身近な人に対する義務や約束を守る義務など、常識的な道徳的規則や義務が功利主義的に見て望ましい場合はそれに従って行為する。 しかし、それでない場合、つまり、常識的な規則や義務が、功利主義的に見て一部の人を不公平に扱っていると思われる場合には、それを変革することを要求する。
公共政策と功利主義的思考
功利主義の2つの顔
- 功利主義には権威主義的な立場と自由主義的な立場がある。現代では、JSミルのように自由主義を基礎付けるものとして功利主義を理解する立場が主流。
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権威主義
- 当人の意向に関わりなく、当人の利益のために代理で意思決定したり行為したりする。(パターナリズム)
- 公衆衛生で言うと:人々が自らの健康に留意するように強要する。
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自由主義
- 公衆衛生で言うと:他者の健康に危害を加えるのを防止する。
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リバタリアン・パターナリズム 「ナッジ」
- 政府は人々が自らの最善の利益を追求できるように配慮するが、あくまで強制はせず、各人が異なる選択肢を選べる自由を保証するというもの。
- ある行為を強制するのではなく、それを選ぶようにうまく誘導する。
- 「人間はあまり合理的に行動しない」という仮定から出発。
幸福について
幸福=快楽
- 精神的な快楽は高級、身体的な快楽は低級。
- 満足したブタよりも不満足な人間の方がよい。満足した愚か者よりも不満足なソクラテスの方がよい。(ジョン・スチュアート・ミル)
- 功利主義にも立派な人間像を持っていることを示すために、快には質があると主張。
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われわれは、主観的に満足しているだけでなく、客観的にも幸福でありたいと考える。
幸福感を抱いている状態と、本当に幸福な状態は同一ではない。
- 望む体験をバーチャルに経験できる機械(経験機械)につながれた人は幸福か。
- 幸福な気分になれる薬を飲んでいる人は幸福か。
- いつわりの世界で幸福感に浸って生きるより、真実の世界で不満を感じながら生きていた方がよい。
幸福=選好の充足(選好功利主義)
- 選好 Preference = 好き + 選ぶ
- 功利主義的に正しい行為とは、人々の選好や欲求を最大限に充足させる行為であるとする考え。
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適応的選好の形成
- 非常に制限された環境や構造的な差別が存在する環境に育ってきた人は、その環境に適応した選好を形成してしまい、幸福になるために通常は必要だと思われる選好を持たなくなる。
- 「女性は男性に尽くすのが当たり前」と教えられている男女不平等の社会で育った女性は、男性に尽くすことによって幸福を得てしまう。
- 「吾唯知足」(われただ足るを知る=今あるもので満足する)
幸福=利益(厚生好功利主義)
- 功利主義者がすべきことは、快楽や選好を満たすことではなく、諸個人の利益を最大化することであるとする考え。
- 「効用の個人間比較」の問題を回避できる。
幸福より不幸の方が分かりやすい(最小不幸社会)
- 幸福や利益のリストに比べ、不幸や不利益のリストは合意が得やすい。
- 菅直人が首相時に提言「最小不幸社会」
- 幸福を最大化するよりも、不幸を最小化することを目標にしたほうが穏当で潔いのでは。
道徳心理学と功利主義
- マザー・テレサ「群集を目にしても、わたしは決して助けようとしません。それが一人であれれば、わたしは助けようとします。」
- 特定個人の人命 >> 統計的人命 ≒ (特定個人の人命 + 統計的人命)
- 功利主義は道徳的思考における理性の役割を重視し、情動や感情を道徳の基礎とみなすことを拒否する。
- 功利主義は理性を重視する合理主義的な規範理論であるのに対して、今日、心理学や脳科学などの記述理論が新しい人間理解として示しているのは、われわれの行動の多くはわれわれが思うほど理性に基づいてはおらず、往々にして共感その他の感情的な反応に基づいているということ。
- 「共感と反感の原理」が再び功利主義の前に立ち現れている。