2018年12月15日土曜日

『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』

  • 第1章 問題提起
    • 第1節 信仰と社会的な層の分化
    • 第2節 資本主義の「精神」
    • 第3節 ルターの天職の概念
  • 第2章 禁欲的プロテスタンティズムの職業倫理
    • 第1節 世俗内的な禁欲の宗教的な基礎
    • 第2節 禁欲と資本主義の精神

第1章 問題提起
第1節 信仰と社会的な層の分化
資本家と上層の労働者におけるプロテスタンティズム信仰
  • 資本家や企業の所有者だけでなく、教養の高い上層の社員たち、 とくに近代的な企業のスタッフで技術的な教育や商業的な教育を受けている人々のうちでは、 プロテスタント的な性格の強い人々が圧倒的に多数を占める。
  • プロテスタンティズムの支配は、家庭内の私的な生活から職業的な公的な生のすべての領域にいたるまで、 考えられるかぎりでもっとも広い範囲にわたって信徒の生活のすべてを規制するものであり、 限りなく厄介で真剣な規律をともなう。

カトリックとプロテスタントの対比
  • プロテスタントは、 支配的な地位にあるときにも支配されているときにも、 あるいは多数派であるときにも少数派にあるときにも、 経済的な合理主義を好む特別な傾向を示してきた。

  • カトリックの信徒は穏健で、利益を獲得しようとする欲望に動かされることが少ない。 そして危険に満ちてはいるが、刺激的で、やがては名誉と財産を獲得することのできるような生活よりも、 収入は少なくても、できるだけ安全な生活のほうを好む。
    「うまいものを食って暮らすか、寝て暮らすか」であれば、 プロテスタントうまいものを食って暮らすことを好み、 カトリック寝て暮らすのを好む。

第2節 資本主義の「精神」
資本主義のエースト(習慣・特性)
  • 自分の資本を増やすことを自己目的とするのが各人の義務であるという思想。
  • 資本主義は中国にも、インドにも、バビロンにもあったし、古代にも中世にも資本主義はあった。 しかし、こうした資本主義にはプロテスタントに固有にみられるエースト(習慣・特性)が欠けていた。
  • あらゆる無邪気な享楽を厳しく退けて、ひたすら金を儲ける
    • 利益を獲得することが人生の目的そのもの。
    • 物質的な生活の欲求を従属するという目的を実現するための手段ではい
  • 金儲けは、それが合法的に行われるかぎりは、近代的な経済秩序においては、 職業における有能さの現れであり、それがもたらした産物である。

前資本主義的な倫理
  • 「良心」が欠けている。
  • 自分の利益を何よりも優先する絶対的な厚かましさ

伝統主義
  • 賃金を引き下げると「生産性が高くなる」・・・数世紀の長きにわたって信じられてきた信条
  • 民衆は、貧しいから働くのであり、貧しいあいだしか働かない。
  • 労働者は、
    「できるかぎり多く働けば、1日あたりでいくら稼げるか」と自問するのではなく、
    「日々の伝統的な必要を満たすためには、いったいどれほど働かなければならないか」と自問する。

労働意欲と宗教教育の関係
  • 仕事が絶対的な自己目的であり、 天職べループ でもあるかのように労働するという心構えが必要。
  • こうした心構えは、長期的な教育プロセスの結果として生まれるもの。
  • 敬虔派には思考を集中させる能力があり、「労働を義務とみなす」姿勢が明確に存在する。
  • 資本主義は労働を自己目的として、「天職」として考えることを求める。
  • 宗教的な教育のおかげで、だらだらと働く伝統主義的な仕事ぶりを克服できる。
  • 賃金の増減というたんなる機会的な操作によっては、資本主義的な分化にふさわしい「教育」をすることはできないし、 資本主義経済のもつ可能性を高めることはできない。

「資本主義の精神」再考
  • 「資本主義の精神」:正当な利潤を組織的かつ合理的に、職業として追い求めようとする心構え

変革の原因
  • 伝統主義から資本主義への変革の原因は、新たな資金が流入したことではなく、新たな精神「近代の資本主義の精神」が誕生したことにある。

変革の担い手
  • 厳格な生活の規律のもとで育ち、冒険すると同時に熟考する人々、 とくに市民的なものの見方と原則を身につけて、醒めた眼差しで弛みなく、 綿密かつ徹底的に仕事に従事する人々。
  • 無鉄砲で厚顔無恥な投機師や、経済の分野での冒険者たちや、たんなる大金持ちではない。

資本主義の精神と宗教性
  • 人間が存在するのは仕事のためであって、人間のために仕事があるのではない。
  • 本来の資本主義的な実業家は、みせびらかし不必要な支出を嫌うものであり、 自分のもっている権力を振るうことを嫌い、社会的な名声を誇示するような外的な印をつけることも喜ばない。 禁欲的な特徴をそなえている。

資本主義と「呪われた金銭欲」
  • 「呪われた金銭欲」:金と財貨という物質的な富の重荷だけを背負って墓に下ることを自分の一生の仕事の目的として考えること。

資本主義の合理主義
  • 「経済的な合理主義」:生産過程を科学的な観点のもとに編成し、人間の身体に自然にそなわった「有機的な」制約から解放することによって、人間の労働の生産性を拡張させること。
  • 「資本主義の精神」を抱く人々
    • すべてのものを厳密な計数的な予測に基づいて合理化し、経済的な成果を実現することを目指してしっかりと計画を立て、冷静に実行する。
    • 農民、手工業者、冒険商人などとは違う。
第3節 ルターの天職の概念
天職
  • 「職業」 = ベルーフ(ドイツ語)、コーリング(英語)
    • 神から与えられた使命であるという観念が含まれる
    • 「天職」としてのベルーフの概念が作られたのは聖書の翻訳によるものであり、しかもプロテスタントによる聖書の翻訳によるもの。

天職の概念の新しさ
  • 「天職」の思想は、宗教改革の産物
  • もともと世俗の日常的な労働が尊重されるべきであるという考え方はあったが、 世俗的な職業に従事しながらその義務を果たすことが、道徳的な実践活動そのものとして、最高のものと高く評価されたことは新しい。
  • 神に喜ばれる唯一の方法は、修道院での禁欲を世俗内的な道徳よりも高く評価するのではなく、 各人の生活における姿勢から生まれた世俗内的な義務を遂行することにある。

職業の道徳的な性格
  • ルターの業績のうちで後世に最大の影響をもたらしたものの1つ:世俗の職業生活に道徳的な性格を与えたこと。
第2章 禁欲的プロテスタンティズムの職業倫理
第1節 世俗内的な禁欲の宗教的な基礎
プロテスタンティズムの4つの担い手
  1. カルヴィニズム
  2. 敬虔派
  3. メソジスト派
  4. 再洗礼派

カルヴィニズムの予定説
  • 【予定説】
    神は永遠の昔から各人の運命を決定している。
    神の決定は変えることのできないものであるから、 神からの恩寵を受けた者にとっては、この恩寵は失われることはできないものであり、 神からの恩寵を拒否された者にとっては、この恩寵はどのようにしても手に入れることができないものなのである。
  • 救いは自己の力によるものではないと考える。
  • 救いがえられるのはいかなる自己の価値によるものでもなく、神の客観的な力の働きによるものであることを確信するという宗教的な感情。
  • 地上の「正義」という基準で、神の至高なる導きを測ろうとするのは無意味なことであり、神の至高性を損ねることになる。
  • 一部の人間だけが聖別されていて、その他の人々は呪われたままの状態にとどまる。
脱呪術化のプロセスの完成
  • 「永遠の救済」を求めることが人生で何よりも重要だった。

    予定説

    人間は永遠の昔から定められた運命に向かって、1人で孤独に歩まなければならない。

    これまで例のないほどの内的な孤立を感じるようになる。
  • 教会や聖なる礼典によって救いをえられる可能性を完全に否定。

    カルヴィニズムがカトリックと根本的に異なるところ。
  • 世界を呪術から解放するという宗教史の偉大なプロセスが、ついに完了した。
  • 真のピューリタン
    宗教的な儀礼のあらゆる痕跡を廃して、歌も音楽もなしに近親者を葬った。
    心のうちに「迷信」(呪術や聖礼典による救いの効果)を期待するような信頼の気持ちが生まれないようにするため。
  • 内面的な孤立の感情

    たんなる被造物は、神から完全に隔離した無価値なもの。
    文化のうちの感覚的な要素と感情的な要素を否定。
    こうした要素は救いのためには役に立たず、情緒的な幻想をかきたてて、 被造物を神化する迷信を育てるから。
  • 内面的な孤立の感情

    あらゆる幻想を否定し、悲観的な色彩をおびた個人主義の根の1つとなった。

カルヴィニズムにおける個人と倫理
  • 世界が存在するのは神がみずからの栄光を高めるためであって、そのためだけである。
  • 世界におけるカルヴァン派の信徒の社会的な労働は、ひたすら神の名誉をたかめるために行われる。
  • 【友情】理性によって許される限度を超えて、他者を愛することは非合理的な行為であり、理性的な被造物に適した行為ではない。 それは人々の心を捉えて、神への愛を妨げることが多い。

救いの確証の問い
  • 「わたしは選ばれているのだろうか、わたしは自分が選ばれていることを、どのようにして確証することができるだろうか」

予定説の問に対処するための2つの勧告
  • 信徒たちは、自分が選ばれた者だと信じることが絶対の義務とみなし、 そのことに疑いをもつことは悪魔の誘惑として退けるように求められた。
  • 自分が選ばれた義なる存在であるという主観的な確信を獲得することが義務とされたr。
  • 自己確信を獲得するための優れた手段として、職業労働に休みなく従事することが教えこまれた。
  • 職業労働だけが、恩寵を与えられた状態にあるという「救いの確証」をもたらすことができる。

  • 【☓】さまざまな功績を積み重ねてやがては救いに到達する。
  • 【○】つねに、自分が選ばれているか、それとも神に見捨てられているかという二者択一の問いの前に立ちながら、 みずからをたえず吟味しつづけることで、救いを作り出すことができる。

中世カトリックとの違い
  • その日暮らし。
  • 一つの生活の体系として合理化されていない個別の行為の連鎖。
  • ある種の保険のようなものとして、その都度、善行を行っていたにすぎなかった。
  • 世界を呪術から解放することができなかった。
    • 司祭が呪術者の役割をはたす。
  • 信徒は懺悔と悔い改めによって、司祭に助けを求めることができた。
  • カトリックの信徒たちは、罪を犯し、それを悔い改め、懺悔し、赦しを受け、そしてまた罪を犯すというふうに、 上昇し、下降するプロセスを繰り返しながら、地上での罪を償っていたのであり、 死に際しては、秘蹟という協会の恩恵の手段によって、生涯を総決算した。

  • カルヴァン派
    • 自分の弱さと軽率さのうちで過ごした時間を、善き意志を強く持っていた別の時間で償うことはできなかった。
    • 個々の「善き業」ではなく、「業を性化すること」を体系にまで高めることが求められた。
    • 現世の生活は徹底的に合理化され、地上での神の栄光を高めるという観点だけによって支配されるものとなった。
    • 【禁欲の目的】自然の地位を克服し、人間から非合理的な欲動の力を奪いとり、現世と自然への依存から抜け出させ、 計画にしたがう意志の至高の支配に服させることであり、 さらにみずからの行動をたえず点検させ、行動のもつ倫理的な意義をたえず反省させること。

宗教改革の意義
  • 宗教改革の意義は、すべてのキリスト者が生涯にわたって修道士となれねばならなくなったことにある。
  • 世俗の就業生活の内部で、禁欲という理想を追い求めねばならなくなった。
  • 世俗の生活の内部で、永遠の昔から神によって救いを予定された聖徒たちの宗教的な貴族主義が誕生する。
    • 神に見捨てられている者との淵は不可視であるだけに恐ろしい裂け目となった。

予定説のもつ力とルター派との違い
  • ルター派
    • 「喪失可能な恩寵」という教説:罪を犯しても、懺悔すれば神の恩寵を取り戻せるという考え。
    • 絶えず自己を制御し、みずからの生活を計画的な規律のものに置こうとする原動力が欠けていた。

カルヴィニズム以外の禁欲の運動
カルヴァン派 職業労働を不断につづけることによって、「選ばれた者であるという確信」をつねに獲得しようとする。
→厳格で、実直で、活動的な市民的で資本主義的な実業家
ルター派
ドイツ敬虔派 「謙遜」と「砕かれた心」(主の正しいさばきが自分になされることを求めること)が理想。
宗教的な欲求の目標は、内面的な情動の高揚に向けられている。感情を重視する性格。
→仕事に忠実な、役人、雇人、労働者、家内工場の職人
メゾシスト派(方法派) イギリス、アメリカ
情緒的で、それでいて禁欲的な宗教性。
予定説には無関心。
「救いの確証」の基礎となるのは感情。
再洗礼派

第2節 禁欲と資本主義の精神
富と禁欲
  • バクスター(ピューリタン)
    • カルヴァンより厳しい。
    • 富そのものが危険。
      富のもたらす誘惑は絶えることがない。
      富を追い求めることは、神の王国の重要性と比較すると無意味であるだけではなく、道徳定期にもいかがわしいものである。
  • カルヴァン
    • 富を所有することそのものは、仕事の妨げとなるものではないかぎり、地位を向上させるという理由でこれを認める。
      さらに財産を投資して利益をあげることすれら容認する。

  • 倫理的にみて否定する必要があるのは・・・
    信徒たちが所有によって安息してしまうことであり、 さらに富を享受することで怠惰や肉欲という帰結がもたされること、 とくに「聖なる」生の追求が行われなくなること。
  • 財産を所有することが、このような安息をもたらすからこそ、いかがわしいと判断された。
  • 「聖徒の永遠の憩い」は来世において与えられるはず。

  • 神の栄光を増すために役立つのは、怠惰や享受ではなく行為だけである。
  • 時間を浪費することは、すべての罪のうちでも第一の罪であり、もっとも重い罪でもある。

労働と性交渉の目的
  • 労働は禁欲の手段。
  • 労働は、誘惑から自分の身を守るために採用した特別な予防手段。
  • 夫婦のあいだにおいてすら、性交渉が許されるのは「産めよ、増えよ」という命令にしたがって、 神の栄光を増やすための手段として、神に喜ばれるような場合にかぎられる。

ピューリタンの職業概念
  • 兼業しているいずれかの職業において不誠実にならないかぎり、兼業は認められる。
  • 軽率でなく、神によって喜ばれるような職業につくのなら、転職は認められる。(道徳的な基準、有用性の基準、私経済的な基準)
  • 富が危険なものとみなされるのは、怠惰な休息罪深い生活の享受の誘惑となる場合だけである。
  • 富の追求が危険なものとみなされるのは、将来を心配なしに安楽に暮らすことを目的とする場合だけである。
  • 職業の義務を遂行することによって富を獲得することは、道徳的に許されているだけではなく、まさに命じられているのである。

ピューリタンの娯楽
  • 身体的な生産性を高めるために必要なリラックスの目的に役立つべきだと考えた。
  • 欲動に駆られた生活の享受が職業生活や信仰に専念する気持ちを逸らすようなものである場合には、強力な禁欲の敵とみなされた。

ピューリタニズムと感覚芸術
  • 「迷信」の匂いのするすべてのもの、呪術儀式で恩恵を受けようとする営みのすべての残滓を激しく憎悪する。
  • クリスマスの祝祭まで迫害。
  • 非合理的なもの、目的のないもの、そして禁欲でないものは、「無駄話」「余計なもの」「虚栄による誇示」と呼ばれた。

娯楽のための支出の制約
  • 純粋に審美的な楽しみや娯楽の楽しみのための文化財を享受するにあたって、いかなる費用もかかってはならない。
  • 人間は誰でも神から委託された財産を管理する僕としてのの義務を負っているのであり、 「営利のためのマシン」として、財産に奉仕しなければならない。

かせの破壊
  • 利益の追求が合法的なものとされただけでなく、直接に神が望まれるものとみなしたために、利益の追求を禁じていた枷が破壊された。

禁欲の逆説的な力
  • 富を目的として追求することは邪悪の極み。職業労働の果実として富を獲得することは神の恵み
  • 「資本主義の精神」の人生観を広めるための強力なテコ
    • 世俗の職業を弛みなく、不断に、組織的に営むことは、そのままで最高の禁欲的な手段とみなされたのであり、 再生した者とその信仰の真正さをもっとも確実な方法で証明するものとして宗教的に高く評価された。

消費の抑圧 禁欲という手段で節約を強制しながら、資本が形成される。
利潤として残された資金を消費の目的で支出することが妨げられるならば、それは投下資本として生産的に利用されねばならない。
営利の営みの解放

大衆の労働の倫理
  • ピューリタニズムという宗教運動が経済への影響を全面的に示すようになるのは、功利主義的な現世主義が登場するようになってから。
宗教的な生命力に満ちていた17世紀
↓【遺産】
↓ 貨幣を獲得しても傷つくことのない
↓「やましくない良心」
功利的な18世紀

鋼鉄のおり
  • 資本主義は、かつて禁欲のもたらした機械的な土台の上に安らいでいたものだったが、今ではこの禁欲という支柱を必要としていない
  • 営利活動は宗教的な意味も倫理的な意味も奪われて、今では純粋な競争の情熱と結びつく傾向がある。
   [資本主義]
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